変化に反対する野党は必要

1.

  • https://twitter.com/katukawa/status/1271947455735578625

    勝川 俊雄@katukawa

    対案も出さずに、変化に反対するだけの野党は不要です。野党は、日本の漁業が何十年も衰退してきた事実を認識して、それをどう改善するかを真面目に考えて欲しい。自民党主導の現行の改正案よりも良いものが野党から出てきたら、全力で応援しますよ。

このツイートだけ見たら、一部ブコメの反応も理解できる。

何十年も漁業を衰退させてきたのは与党ではないか、なぜ野党を責めるのか、と。

でも、勝川さんのこの発言は漁業法に関するものであって、そこには次のような経緯がある。

勝川さんは長年、政府の漁業政策を批判してきた。漁業者の近視眼的な希望に過剰に配慮し、まともな資源管理をしようとしない、それでは日本の漁業に未来はない、と。その原因のひとつが、持続可能な資源管理に触れず、行政に資源管理の責任を問わない漁業法だと考えてきた。

2018年12月、政府が漁業法改正案を提出。持続可能な資源管理を法の目的として取り入れ、国と都道府県に資源管理の責務があることを明記する内容である。

賛成:自民、公明、維新、他

反対:立民、国民、共産、社民、自由、他

会派単位で賛否が分かれ、賛成多数で可決となった。ザックリいえば、左派野党がこぞって反対したことになる。またこのとき、左派野党は対案を提出せず、旧法の維持を訴えた。

つまり、従来の漁業政策の維持を訴えたのが左派野党で、政策の変更を訴えたのが与党だった。

2.

左派野党は資源管理に反対したわけではない。「沿岸漁業者への配慮を欠く、非民主的制度への変更」という点に猛反発した。

対案を出そうにも、与党が十分な審議時間を確保しなかったので、無理であった。改正案に多少のいい点があるとしても、それ以上に悪い点がある以上、「現行法を維持すべきだ」と主張したのは当然かもしれない。

しかしながら……。

第一条 この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。(旧漁業法)

旧漁業法が目指した、「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用」による「漁業の民主化」の帰結こそ、水産資源の崩壊であった。水産資源が減っていちばん困るのは当事者なのだから、当事者に任せれば自ずと資源が適切に管理される……などということはなく、漁業者こそ資源管理の最も頑健な抵抗勢力であり続けた歴史がある。

第一条 この法律は、漁業が国民に対して水産物を供給する使命を有し、かつ、漁業者の秩序ある生産活動がその使命の実現に不可欠であることに鑑み、水産資源の保存及び管理のための措置並びに漁業の許可及び免許に関する制度その他の漁業生産に関する基本的制度を定めることにより、水産資源の持続的な利用を確保するとともに、水面の総合的な利用を図り、もつて漁業生産力を発展させることを目的とする。(改正漁業法)

改正漁業法では、 「水産資源の持続的な利用を確保する」ため、「漁業の民主化」の旗を降ろし、「秩序ある生産活動」を行政が主導する。そして、いよいよ行政は無責任ではいられない。

第六条 国及び都道府県は、漁業生産力を発展させるため、水産資源の保存及び管理を適切に行うとともに、漁場の使用に関する紛争の防止及び解決を図るために必要な措置を講ずる責務を有する。(改正漁業法)

究極、左派野党は漁業政策に関して、中長期的な資源管理より、漁業者の目の前の生活を優先する立場であることは、短い国会論戦においても明白だった。先にリンクした共産党・紙智子議員の反対討論は、資源管理への関心の薄さを隠していない。

見解の分かれるところだろうが、「漁業の民主化」を守ることを第一義とする条件下で、実効性のある資源管理への道を開く対案を出すのは、ほとんど不可能ではなかったか。

左派野党が批判したポイントこそ、勝川さんの望む資源管理を可能とするための要所だったとすれば、両者の主張が対立したのは必然だった。

行政は強権によらず、説得して回れ。補償の問題なのだから、財源を確保すればいい。そうした異論・反論は、私も思い付く。様々な政治資源を投入できる前提であれば、話も変わってくるのかもしれない。

しかし与党側の現実解が改正案だったように、左派野党側の現実解は、やはり旧法の維持だったのだと私は思う。

3.

与党はどうあれ政治責任を負う立場だが、長年、自民党政権が続いたのだから、自民党は従来の政策を支持してきた……のかといえば、別にそんなことはない。

自民党改憲の発議をしてこなかったが、一貫して改憲に反対だったわけではない。むしろ改憲を検討してきた時期の方が長い。自民党改憲をしたかったが、できなかった。

漁業政策についても、同じことがいえる可能性がある。

自民党は長年、漁業者票におもねって資源管理に消極的だった。しかしそれは有権者の意思を尊重してきたからであって、本意ではなかった……。

嘘つけ、みたいなことはいくらでもいえるが、漁業法改正案をめぐる議論において、与党が「現状を変えたい」側で、左派野党が「現状を維持したい」側だったのは事実だ。過去はともかく、今は(といっても1年半前の話だが)。

改正法が施行されても、漁業政策に劇的な変化はない。漁業者の反発に、相変わらず与党は振り回され続けている。結局は選挙が機能している。

これを見て、いくらでも与党を批判することはできる。「漁業の民主化」を破壊しただけで、成果はほぼゼロではないか、とか。しかし、たちまち成果が上がるような劇的政策を採用すれば死に物狂いの反発が生じ、左派野党の与党批判だって、現状どころではなかったろう。緩やかに政策を調整していくのは、正しいと私は思う。

本当にやる気があるのか、という批判・問いかけは、もちろん続けていく。ただし現時点では、「何もする気がないようだから、旧法に戻せ」という意見に、私は同意しかねる。

5年経ち、10年経っても何も変わらないなら、「漁業の民主化」を手放した甲斐がない、と私も思うだろう。そのとき「虚無のために漁業の民主化が失われた5年、10年をどうしてくれるのか!」という批判は、法改正を支持したいち有権者として、私も受け止めることになる。

……というわけで、私の立ち位置は、ここに至って、やっと見えてきた。2018年12月の漁業法改正に、私は賛成だ。しかし左派野党の反対も理解できるし、結局は正しいのかもしれないと思っている。私に正解はわからない。それでも、いち有権者としての責任からは逃げられない。

4.

その通り。しかし過去はどうあれ、与党は政策を変えようとし、野党は変えまいとした。

政策を変えたい方向が近いと判断した勝川さんが、この件で与党を支持したのは当然だ。そこに何の疑問があろうか。

勝川さんはずっと政府を批判し続けてきて、それが届いたのかどうかは不明だが、結果的に与党が勝川さんに近い主張の改正案を提示した。左派野党はそれに反対し、旧法の維持を主張した。そういう経緯を考えるに、この批判は宛先不明感がある。

とはいえ、2.3.の通り、左派野党の主張は、おそらく勝川さんと相容れない。優先順位が違う(=漁業の民主化を水産資源の管理より重視する)以上、勝川さんが「与党案よりよい」と思う提案が出てくる可能性はないだろう。その意味で、勝川さんは「無理難題を言ってる」と、私も思う。

与党は政策を変えたいと主張した側で、野党は従来通りを主張した側だという事実を、まるで無視している。漁業法に関して、旧法に戻すことを主張する左派野党に政権交代して、勝川さんにどんな展望が開けるのだろうか。

漁業法改正は、会派単位できっちり賛否が分かれた。原口一博議員個人より、左派野党全体を批判する方が、むしろ筋が通る。

5.

仮に今日、与野党政権交代したとする。

新与党は、全ての政策を変えたいかというと、決してそうではない。むしろ、前与党が変えようと準備していたことの多くについて、変更をキャンセルしようとするだろう。

「いま政府がやっていること」の全てが、与党の思い通りなのではない。むしろ「変えたいが変えられない」ことがたくさんある。

国会の法案審議の過半は、閣法に関する議論だ。政府・与党が「変えたい」といい、野党が「変えるな」という論戦である。野党が守旧派になりがちなのは、与党提案を一部修正することはできても、野党主導の全面的に新しい提案など通らないこと、そして現状維持希望の事柄が山ほどあるからだ。

本当は与党も「変える気がない」ことが、たくさんある。ただ、提案し、意見を通す力があるから、「変えたい」ことの提案を矢継ぎ早に繰り出すことで、「変化する意志」を目立たせることができる。

変化が支持されるかどうかは、当然に別問題だ。有権者は、自分が変えてほしいところは変えてほしいし、現状維持がいいところは現状維持がいい。「Change!」なんてスローガンは無内容であって、現状維持でいいことを変え、変えてほしいことをそのままにすれば、支持は失われる。「守旧派」だからダメで、「改革派」だからいい、なんて話ではない。

そうした意味で、勝川さんのツイートについて、私も首肯できない。「変化に反対する」野党は絶対に必要だし、「変化に反対するだけ」の野党など、ありはしない。法案の形で「対案」を提出するには至らなくとも、どの野党も広義の「対案」は常に提示し続けている。

日本では、戦後の大半の期間、自民党が与党にいた。いま漁業政策について与党が改革派で、野党が守旧派だとしても、「これまでずっとこうしてきた」ことの責任を負うのは、まず自民党だろう。

過去を持ち出す議論にも、意味はある。例えば「長年の水産資源喪失という失政の原因を「漁業の民主化」に求め、全く筋違いの法改正をした」という批判はありうる。実際、そういう可能性もある。

理想的には、政策特区をつくって実験を行い、有効性を確認してから法改正すべきだ。水産資源の確保は待ったなし? 今頃いうか。既に莫大な時間が失われた。あと数年、絶対に待てない理由などない。あるいは、待ったなしだからこそ、有効性の不確実な法改正などにエネルギーを使うべきでない。……まあ、どうとでもいえる。それでも、理想を引っ込めるだけの、決定的な理由は見当たらない。私が法改正に賛同したのは、「漁業の民主化」原因説に、直感的に説得力を認めたからに過ぎない。科学的な根拠がない。当然、そこには不安がある。

話が拡散してしまったが、勝川さんのツイートが「文脈さえ踏まえれば正しい」などと主張するつもりはない。ありがちな野党への難癖と見た目に何も変わりがなく……いや、実質的にもやはり難癖だ。変化に反対する野党は、必要。決して不要ではない。

ただそれでも、もう少し文脈を踏まえた上での批判をできないか。テンプレ発言に、テンプレ批判で返しても空しい。私もその空しいことをよくやっているが、お互い様だからといって、空しいことにかわりはない。

6.

この記事、書き始めた当初は、こういうタイトルにするつもりじゃなかった。だけど、結論は、タイトル通り。

漁業法改正に関する勝川さんの意見に賛同なので、何かしら擁護したいと思って書き始めたのだけれど、勝川さんのツイートに立ち返ると、「どう文脈を踏まえたところで、結局、間違っているよな」と。

「勝川さんのツイートに賛成だ」とは、書けなかった。